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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和55年(わ)62号 判決

主文

被告人を懲役六月に処する。

未決勾留日数中、六〇日を右本刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収してあるナイフ一本(昭和五五年押第一七号の一)を没収する。

理由

第一事実

一被告人の本件犯行に至るまでのいきさつ

被告人は、アメリカ合衆国の動物愛護団体である「フアンド・フォア・アニマル」に所属し、動物保護等の運動を推進している外国人であるが、かねてから長崎県壱岐郡の漁民がイルカを捕獲し殺りくする行為は許し難いとしてこれを阻止するため再三同町を訪れ、漁民の代表者と面談するなどして理解を求めてきたものの、容易にその賛同を得るに至らず、もし漁民が敢えてそのと殺を強行しようとするならば、実力の行使に訴え、捕獲イルカを逃走させることもやむを得ないと考え、ゴムボートなど必要な器材を整えた上昭和五五年二月二七日同町入りしたところ、時あたかも翌二八日の昼間同町辰ノ島の湾内で多数のイルカがと殺されるのを目撃して胸を痛め、遂に威力を用いて捕獲イルカを逃走させることを決意した。

二罪となるべき事実

被告人は、有害な水産動物駆除のためイルカの捕獲処理を行うことを業務とする長崎県壱岐郡海豚対策協議会(代表者会長吉永明治)が、同郡勝本町辰ノ島湾内を仕切網で区画し、その区画内に収容していた捕獲イルカを逃走させようと企て、昭和五五年二月二九日同島において、別添現場図〈略〉記載のとおり、各仕切網を同島船着場のコンクリート製綱取に結びつけていた箇所のロープを解き放ち、あるいは同網をコンクリート製支柱や松の木の根元に結びつけていた箇所のロープを所携のナイフ(昭和五五年押第一七号の一)で切断し、又はコンクリート製支柱の止め金と同網のワイヤを連結していた箇所のシャックルを取りはずし、仕切網の一部を水中に沈下させ、イルカ約三〇〇頭をして仕切網を乗り越えて逃走させ、もつて威力を用いて同会の前記業務を妨害したものである。

第二証拠の標目〈省略〉

第三海豚対策協議会の業務についての判断

弁護人及び被告人は、壱岐郡海豚対策協議会(以下、「本会」と略称することがある。)は、有害な水産動物にあたらないイルカを捕獲し処理することを目的としており、正当な理由がないこと。本会の存在自体あいまいであり業務の主体としての適格性を欠くものであること、本会の行う殺処理は極めて残虐であること、本会の行う業務は自然公園法、廃棄物の処理及び清掃に関する法律及び漁業法に抵触するほか、刑法の往来妨害の行為に該当することなどの諸点を挙げて、本会の業務は違法であると主張する。

よつて、検討するに、壱岐郡海豚対策協議会(人格なき社団)が、有害動物駆除のためイルカを捕獲し、処理(殺処理を含む。)する事業を行うことは、水産動物の採捕を内容とする漁業の目的に照らし、正当な理由があり、刑法三五章により保護さるべき業務に該当する。以下弁護人らの主張を中心として、その理由を述べる。

一イルカを捕獲処理する業務は正当な理由がないとの主張について

1  弁護人らは、イルカは人間に次ぐ高等哺乳動物であつて、人間同様にその生命を尊重されなければならない、と主張する。

しかし、イルカは古来から諸外国の間を自由に往来し、国際的視野に立つて配慮が寄せられているとはいうものの、所詮は漁業の対策となる水産動物に外ならず、国際条約によつても捕獲禁止の規制を受けておらず、ただ国内法により日本海を除く北緯三六度以北の太平洋において一部その猟獲が制限されているに過ぎない(昭和三四年農林省令四号、いるか猟獲取締規則一条)。そうしてみれば、右例外の場合を除き、漁民がイルカを捕獲することは自由であり、ましてこれが漁業上有害動物と認められる以上、被害漁民としてこれを駆除するため捕獲し処理することは正当な理由があるというべきである。

2  被告人及び弁護人は、イルカを有害動物と観念するのは科学的根拠がない、と言い、また、イルカ類は、生態学的に明らかなとおり、海を生活の場となし、魚類を食物として生存している海の先住者であるのに、ただ「有害」という人間中心の利己的判断によりこれが捕殺されるのは理由がない、と主張する。

ところで、被告人らの観念する有害動物とは、単純に、ある動物種についての捕食者としての動物種を指すものとみられ、その意味ではたしかにイルカが魚類を食物としている、というだけの理由で有害動物として措置されることになり不当であろう。しかし、本件において有害動物というのは、たとえば農民の田畑を荒らして、作物を食べ、現実に損害を与える加害動物のように、漁民の活動する特定の水面(漁場)に来遊して、現実に漁民の採捕しようとする水産動物を捕食して死滅させ、これを逃がしたり、あるいは漁具をき損するなど漁業の目的に何らかの形で悪影響をあたえる主体となる動物を指するのである。従つて、有害の判定は、当該動物が特定の水面に現在することと、その動物の行為により漁獲の減少をもたらすおそれ等の被害事実の存在を基本としてなされるものでなければならない。

3 そこで、この観点から検討するに壱岐郡の漁民のうち約七、八割が出漁している、同郡七里ケ曾根下の瀬地先(対馬海峡の東径129度29.2分、北緯三三度五六分のところ。)付近は、ブリ・イカ・タイなどの天然漁場であり、また同緯度を中心とする半径五〇〇メートルの円周によつて囲まれた区域は九月から一一月までを限り同郡勝本町ほか三漁協(漁業協同組合、以下同じ)が第三種ブリ飼付の共同漁業権を設定しているところ、これら魚類の盛漁期にあたる一二月から翌年四月までの冬季にイルカ群が来遊して、これらの魚類を捕食し、その魚群がイルカをおそれて離散するため、この漁場付近においてはイルカ出現による漁獲減少の被害が極めて多く、特に零細な一本釣漁民に与える影響は深刻である。(以上の証拠は、第二の三及び一三による。)

弁護人らは、今日の漁獲不振の原因は漁業型態の動力化・大型化及び漁法の科学化などによる乱獲に起因するもので、イルカの所為ではないというけれども、対馬海峡に来遊するイルカ類がブリ・イカ・タイその他の魚類を捕食していること(オキゴンドウは、ブリ及びタイを、ハナゴンドウはイカを、バンドウイルカはアジ・サバ類を、カマイルカはイカをそれぞれ捕食している。)は、その胃内容物剖検によつて明らかである。

そして、その魚類摂餌量はいずれも一日当り概ねオキゴンドウ一二キログラム、バンドウイルカ一〇キログラム、カマイルカ8.5キログラムとされている。またイルカの来遊頭数を正確に把握することはできないが、捕獲頭数によると、昭和五三年二月から四月までは一、三九八頭、同五四年二月から四月までは一、六四六頭、同五五年一月から二月までは二、七八七頭であつて、これら捕獲頭数から推しても年間同海峡に来遊するイルカの頭数は極めて多いことがわかる。これと、前記イルカの摂餌量、更にイルカを捕獲した翌日は豊漁をもたらし、またイルカ出現日においても出現時刻までは好漁を続けていたのに、その直後に不漁となるという漁業者の操業報告などあわせ考えると、イルカの食害による漁獲量の減少、又はその出現による漁群の離散などイルカ群の来遊に起因する漁業上の被害は否定できない。(以上の証拠は、第二の三、五及び九による。)

4 そのため、長崎県においては昭和五三年七月四日有害水産動物対策事業補助金交付要綱(同日同県告示五一号)を定め、これによりイルカをヒトデ・クラゲとともに有害水産動物に含ませ、これを捕獲又は処理した県内の漁協に対し、捕獲一頭につき五、〇〇〇円を、更にこれを処理した場合は一頭につき同額を加算する額の補助金を交付することとし、同年度にかかる補助金からこれを適用し、イルカの駆除を行わせることにより、漁業環境の保全と漁業生産力の回復をはかり、漁民の正常な漁業活動の維持に資することとしている。(以上の証拠は、第二の三及び八による。)

5  イルカが有害な水産動物であるとしても、その出現が少なく、それによる漁民の被害も僅かである場合は格別、近年のようにその来遊頭数が多くなり、これによる漁業上の被害が著しい状勢のもとでは、漁民の生活防衛のため、これを駆除する対策を講ずるのは当然である。またその駆除対策の一つとして、たとえば水中音響の利用による駆逐方法など試みられたことはあるが、未だ実効があがらず、かりにその方法でイルカを他の海域に放逐し得たとしても、いつかは再現するに至るばかりか、他の魚群に与える影響も考慮され、これが根源的な駆除にならない以上、本会が業務として行う捕獲処理をとることもまたやむを得ないものといわねばならない。

二本会は業務の主体としての適格性を欠くとの主張について

弁護人は、本会はその存在自体があいまいであり、業務の主体としての適格性を欠いている旨主張する。よつて、本会の設立経過及びその実体等について検討するに、壱岐郡におけるイルカの駆除対策は、当初各漁協ごとに試みられていたが、有効な方策を見出すことができず、経費もかかる上、実績もあがらないので、昭和五一年三月同郡内の勝本町ほか四漁協加入の漁民(総数約四、五〇〇名)の総意に基づき、イルカの駆除・捕獲対策事業を目的とする壱岐郡海豚対策協議会が設立された。その組織は各漁協から選出された委員二四名で構成され、主たる事務所を同郡勝本町勝本漁協内に設け、その役員として会長一名(勝本町漁協の委員から選出)、副会長及び監事各二名(同漁協を除く四漁協の委員から各一名選出)と顧問五名(各漁協長をもつて当てる。)を置き、これらの委員及び役員の協議によつてその意思決定及び運営が図られている。その事実は、毎年一月から四月までの四か月間を限り、判示辰ノ島に仕切網による捕獲場を設置し、漁民が追い込んできたイルカをここに収容して捕獲し、その捕獲イルカは一部生体のまま水族館等に配布するほかは、と殺して人の食用や家畜の飼料として供給するなどの事業を継続しており、これに要する経費は、各漁協からの分担金、長崎県及び壱岐郡町村会からの補助金等の収入により支出し、またその事業を行うための資産としてイルカ追込み船二隻、破砕機一基等を所有している。(以上の証拠は、第二の三から六までによる。)

以上の事実に徴すれば、本会は法人格を有しないとはいえ、人格なき社団としての実体を有していることが認められるので、刑法三五章により保護さるべき業務の主体に該当することは明らかである。

三殺処理の方法が残虐であるとの主張について

正当な理由により動物を殺さなければならない場合であつても、その動物に不必要な苦痛を与えるような方法によるべきでないことは、動物の保護及び管理に関する法律(昭和四八年一〇月一日法律一〇五号)一〇条の規定するところである。よつて、〈証拠〉を総合して検討するに、本会の行う殺処理は無人島である辰ノ島湾内の海岸汀線で主として行われ、その方法も、一部の例外を除いてはできる限り当該イルカに苦痛を与えないよう、即死させる方法によつていることが認められ、これと捕獲したイルカを人の有効需要に供するためには刃物による殺処理もやむを得ないこと、本会において昭和五三年辰ノ島湾内の西岸にイルカの慰霊碑を建立し、これを供養していることなど考えると、本会の行う殺処理がことさらにその動物に不必要な苦痛を与える方法を用いて虐待しているとまでいうことはできない。

なお、同法一三条によれば、牛、馬、豚、めん羊、やぎ、犬、ねこなどのほか、人が占有している哺乳類又は鳥類を「保護動物」と定義し、これを虐待し、又は遺棄した者に罰則を科することにしているが、イルカは人に飼養されているものは格別、右にいう保護動物にあたらないから、かりに本会の行う殺処理の方法が虐待にあたるようなことがあつたとしても、その当該業務が違法性を帯びることにはならない。

四殺処理の方法が廃棄物処理法に違反するとの主張について

弁護人は、本会は業務としてイルカをと殺することにより、その肉片、又は血液を辰ノ島湾内に投棄しているから、廃棄物の処理及び清掃に関する法律一六条二項、二七条二号に違反する旨主張する。

しかし、同項により一般廃棄物を捨てることを禁止される場所は、同法六条一項による計画収集区域又はその地先海面か同計画収集区域以外の区域内における下水道又は河川、運河、湖沼その他の公共水域(その公共水域に海面が含まれないことは同項一号、二号の法文上明らかである。)のいずれかに限られているところ、本会が業務を行う辰ノ島湾内は、そのいずれの禁止場所にもあたらない。

従つて、その余の点について判断するまでもなく、前記廃棄物処理法違反の主張は理由がない(別添、現場付近図〈略〉参照)。(以上の証拠は、第二の一四による。)

五本会の行うイルカの捕獲が自然公園法に違反するとの主張について

自然公園法一八条三項七号によれば、国定公園の特別保護地区で動物を捕獲することは禁止されているけれども、同項にいう特別保護地区とは、海面を除く区域内を指していることは法文上明らかである(同法一八条一項、一七条一項)。従つて、判示辰ノ島が壱岐対馬国定公園の特別保護地区に指定されているのは同島の陸域に限られ、本会が業務を行う同島の湾内はその特別保護地区に含まれないことが明らかである。また、同号により捕獲を禁止される「動物」は、たとえば瀬戸内海国立公園の区域に属する「高崎山特別保護地区」の場合はそこに生息するニホンザルを指すように、当該特別保護地区(陸域)内に生息する動物を指すものと解すべきである。従つて、同号の「動物」のなかに海を回遊しているイルカ類が含まれることはない。そして、本会が業務を行う場所は、「壱岐辰ノ島海中公園地区」の区域外である(別添、現場付近図参照)から、いずれの点からしても本会の行う捕獲、処理の業務が同法一八条三項三号(罰則五〇条一号)に違反するとの主張は、理由がない。(以上の証拠は、第二の一二による。)

六本会の業務が漁業法に違反するとの主張について

この点の弁護人の主張は必ずしも明らかではないが、その要点とするところは、本会が辰ノ島湾内の海面を使用して、仕切網を定置し、イルカを捕獲する行為を無免許で行つているのは漁業法九条、六条三項に違反するというのである。

しかし、同条等にいう定置網漁業とは、回遊性の魚類が自然にその網のなかへ迷い込んでくるのを取り込むような構造の漁網を一定場所の海中に置いて営む漁撈方式であり、なお原則としてその魚類を最終的に取り込む網の部分(身網)が水深二七メートル以上であるものを指しているが、本件のように多数(四〇〇隻から五〇〇隻)の漁船が船団を組んでイルカ群を包囲し、その逃走を防止しながら追い込んで捕獲するような漁法は定置漁業の範ちゆうに入らない。

従つて、本会がこれを行うにつき当該漁業免許を必要とするものでもないから、本会の業務が湾内の海面を使用して行われていても、これが漁業法に抵触するものではない。

七本会の業務が往来妨害の行為に該当するとの主張について

弁護人は、本会が辰ノ島における湾内の海面を湾の両口から入江まで仕切網を使用して四重に封鎖した行為は、刑法一二四条一項の規定する水路を塞いで往来を妨害した所為に該当するというのである。

しかし、同項にいう水路とは、船舶の一般交通の用に供される河川、運河、港などの水面又はこれに接続する水中を指すものであり、判示辰ノ島のような無人島の湾内の海面とか入江がこれに含まれると解することは困難である。なお証人石井敏夫の当公判廷における供述によれば、同島は夏場入江の砂浜に海水浴場が開設されるため、湾口の船着場に船舶の往来があることも予想されるが、本会が仕切網で湾内の海面を区画しイルカの捕獲業務を行うのは毎年一月から四月までに限られ、四月末日には同網を撤収するというのであるから、夏場その船着場又はこれに接続する水面の往来を妨害する事実も認められない。従つて、前記往来妨害の主張も理由がない。

以上検討したとおり、本会が有害動物駆除のため、イルカを捕獲処理する事業は、正当な業務であつて、これを違法であるとする弁護人の主張は理由がない。

第四弁護人の主張に対する判断

弁護人は、被告人がやがて殺りくされる捕獲イルカを救出することを決意し、判示の威力を用いてこれを逃走させた所為は、刑法三五条の正当行為に該当するから、罪とならない旨主張する。

よつて検討するに、第二記載の各証拠によれば、被告人は、イルカがよく発達した感覚、神経及び頭脳を持ち、苦痛を感ずる高等動物であると信じ、これを死の危険から救出することは自己に課せられた義務であるとの確信に基づき、本件犯行に及んだことは明らかであるけれども、本会が第三記載のとおり、正当な理由に基づき、平穏かつ公然に営んでいる同記載の業務を、合法的な手段によらず、性急にも判示の威力による実力行使の手段に訴え、多数の捕獲イルカを逃走させ、その業務を妨害した行為は、法の認容しないところであつて、刑法三五条の正当行為と評価することはできない。従つて弁護人の前記主張は採用しない。

第五法令の適用

一罰条

刑法二三四条

二刑種の選択

所定刑中懲役刑選択

三未決勾留日数の算入

刑法二一条

四刑の執行猶予

同法二五条一項(本件犯行の態様、規模、特殊性、その結果とりわけ本件が壱岐郡の漁民に与えた影響など考慮すると、被告人の刑責は軽視できないものがあるけれども、他面本件は動物愛護の思想に忠実な被告人が本件犯行前日面前で多数の捕獲イルカがと殺され、苦悩する様に刺戟され、ここにおいて捕獲イルカを救出することは自己の義務であるとの確信から判示の犯行に及んだものであつて、このような確信犯人に対し、徒らに実刑を科することは刑政上相当とはみられないこと、また本件において被告人を判示の犯行に至らせた一面には、国民性の違いによる罪の意識の稀薄さによる事情のあることも否定できないことなど彼此合わせ考えると、被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当と思料する。)

五没収

同法一九条一項二号、二項

六訴訟費用の処理

刑訴法一八一条一項但書(本件訴訟費用の全部を被告人に負担させない。)

よつて、主文のとおり判決する。

(亀井義朗)

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